決して真似してはいけないキャンプ飯
プロローグ
昔々、時は1978年のこと。
最大震度5 M7.4という宮城県沖地震が発生した。
被害は以下の通り(ウキペディアより引用)
死者28名(ブロック塀などの下敷き18名)
負傷者1325人
建物の全半壊7400戸
停電70万戸
断水7000戸
東京都民として生まれ仙台市民になったその年の事で
未だに昨日の事ようにいくつかの鮮明な記憶がある。
再放送で流れていたアニメ番組のテーマソング
リアルタイムで目にした地面に走る地割れの映像
そして背中に走った激痛
その日、私は凄まじく重いレコードラックの下敷きになった。
ホットプレート
本題に入る。
この地震の年だったか?その翌年の事だったか?
我が家に見慣れぬ家電が登場した。
当時は家電メーカーが飛ぶ鳥を落とす勢いだった黄金期の始め。
毎年のように見たこともないエレクトリック製品が増えて行くそんな時代だった。
まだ電子レンジもコーヒーメーカーも店頭に並んでいなかった頃に思う。
それが登場すると…楽しい食卓になる。
温まったのを見計らいウキウキで油を引き食材を載せる
白い煙が立ち上り甘辛いタレで食べると何でも美味かった。
そんな私の記憶の中の家電
それがホットプレート
幼少期、いつもこの家電を使うと家族団欒
幸せの記憶そのものだったかも知れない。
一人暮らしを始めた時も、結婚をした時も
コイツを家電販売店で選ぶ時に幸せの記憶が蘇り
心なしかホンワカする自分に気づいたりする
私にとってそんな物体だった。
キャンパーにとって
キャンパーになると誰しもが火を操る事が喜びであり課題にもなる。
ガス式や燃料式のストーブやランタンに始まり
焚火に至っては炎そのもの
ストーブやランタンのメンテが楽しかったり
焚火の炎を操れるようになって初めて
一人前のキャンパーになれた自覚が生まれるもの。
パチパチと小さく爆ぜる炎を見極め
スキレットを載せ調理する…そんな自分が大好きになる。
熾火になったのを見計らい
網を載せ肉を焼く行為に至ってはある意味絶頂
それがキャンプ
時代は令和に変わりそんなキャンプシーンは
今や少数派となりつつある。
葛 藤
にもかかわらず
こんな事を妻が口走る。
「キャンプでどうしてもお好み焼きが食べたいんだよねー!」
「特に
モンジャ」
「鉄板もあるから焚火でできないことはないけどさぁ」
「一番美味しい最後の方焦げ付いて失敗しそうじゃん?笑」
「欲しいんだよねー欲しいんだよねー」
「これガス式だからキャンプで普通に使えるんだよ」
畳み掛ける妻に心から葛藤する私だった。
キャンプとは不便を楽しむものではなかったか?
原始的であればあるほど充実感が増すものではなかったか?
指二本で美しいガス火かぁ…はぁ〜ぁ
年貢の納め時
葛藤も束の間だった。
「手に入れちゃった!」
妻が私に見せたのは(最初)実に精巧にできたガチャの景品
このガス缶蓋まで取れるし差し込める!
このガチャすっげ〜ーー!!!
ほほぉ〜このU字のガス管炙り家大将と一緒だな…
少し興味を持ってしまった。
つか…えぇぇぇぇぇぇ!!!
本物手に入れてるし…汗
実によくできているけれど…
「キャンプ始めたんだぁ〜!」
なんて感じの今時のキャンパーが使ってそうな
センゴクアラジンポータブルガスホットプレート
(ポータブルプチパン)
ガス式でこんなのまで出たんだなぁ!
とほんの少しの興味で思ったこともあったけど…
使うのはちょっと恥ずかしいと思っていたアイツ
(あくまでも主観です)
炭を嫌ってイワタニ炙り家を使う私に
あらがう術は見当たらなかった。
ちなみに信頼のイワタニではこんな商品もあり
相当に悩んだ挙句センゴクアラジンに軍配が上がったとか…
意外にも使える可能性
キャンプデビューでは…
こんな事になっちゃったりして
映えるのなんの!!
昭和世代の度肝を抜いてくれた。
家で出来ることは全てキャンプで出来る
それが1.5倍の美味さだったら
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